ミラノのオペラ劇場・ラスカーラを見学してきました!
ミラノのオペラ劇場・ラスカーラを見学してきました!!
🇩🇪 メルマガ「ドイツもこいつも. . . 」No.150
ベルリン通訳ガイドの後藤裕起子です。今日もメルマガを開封して頂きありがとうございます。
7月28日、熊本県にて、震度7.1の大地震が起きたと、ドイツのTVニュースにて報道があり、大変驚きました。38人の方がお亡くなりになられたそうで、本当にお気の毒でした。被害に合われた方々に、心よりお悔み申し上げます。1日も早い復興をお祈り申し上げます。
地球規模で、ここのところ天災が続き、長引く戦争も大きな天災の要因になっていることは言うまでもございません。心ある方々と、Stopp the War!!を訴えていくしかない。
来たる日曜日、8月9日の長崎被爆の日、広島長崎追悼集会が、ブランデンブルグ門の前で開催されます。私もぜひ出かけていって、思いっきり、非核兵器廃絶運動を訴えて行こうと思っております。
さて、本日のお題は、「ミラノのオペラ劇場。ラスカーラを見学してきました!!」でございます。
<そもそも、オペラは、いつどこから始まったのか>
オペラは、イタリアのフィレンツェで、1598年第一回、ダフネが上演されたそうです。
その後、イタリアは、人間復興の最盛期・ルネッサンス期を迎え、1607年、
クラウディオ・モンテヴェルディがベネチアで、オペラ・オルフェオを作曲し、モンテヴェルディは、オペラの基礎を築いた人として、音楽史上有名です。
ラスカーラオペラ劇場は、1789年に建てられたそうです。プロイセン王国第3代目の王様のフリードリッヒ大王が、ベルリンに原国立歌劇場がありますが、そのオペラ劇場を建てたのが、1742年。
へぇ〜、ベルリンの方が早かったんだ〜! 正直驚きでした。
欧州で一番古い現存しているオペラ劇場は、ナポリにあり、ベルリンの菩提樹通りにある国立オペラ劇場は、その次、、、ドイツでは最も古いオペラ劇場になるようです。
ベルリンの国立歌劇場は、ロココ時代に建てられたので、ミラノのラスカーラ劇場の建築様式と違うのが、手にとるように感じられました。
ロココ時代というと、典型的なサンスーシ宮殿で見受けられるように、葡萄の蔓がたわわに部屋の装飾に使われています。

その後の、建築様式、古典主義的な建築様式は、古くギリシャの時代に遡り、ロココのような曲線的な遊びはなく、質素堅実な様式となります。

ラスカーラでは、一世を風びたマリア・カラスが歌っていた写真を見て感激しました。また、オペラのビデオが流れていて、なんとワーグナーのリングの歌と演奏でした。
ここはイタリアだから、星の数ほどあるイタリアの有名な歌劇の中から選ばれてもおかしくないと思いきや、、そんなこだわりなんて、全くないんですね〜。
さすが!
この関係性をドイツ語のAIに聞いてみました。その答えは、
リヒャルト・ワーグナーの「ニーベルングの指環」とミラノのスカラ座との関係は、伝説的な歴史的公演、重要な演出家による上演サイクル、そしてイタリアの観客による、しばしば批判的ではあるものの、長年にわたるドイツの傑作への関わりによって特徴づけられる。
との回答が返ってきました。ナットク。。
さて、お客様のお供で、連れて行っていただいた、ミラノのラスカーラ。イタリアは、我が人生のなかで、何度か訪問いたしましたが、このスカラ座は初めての訪問でした。
イタリア人の持つ、長い歴史の中、育まれた文化をこよなく大切に思う心に触れることができ、貴重な体験でした。
イタリアで見るもの聞くもの、もう歴史が、1000年単位で、流れていくのを感じます。
ドイツ人の歴史家がよくドイツを表現する時に使う、「アルプス以北」という言葉。
アルプス以北にもキリスト教が伝授されたという表現で聞いたことがございます。
スイスの山々、高いアルプス越えをしたんだ〜と思うと、その聖なるキリスト教を伝授しようという情熱に胸が熱くなります。
ところで、私は、なぜ、スカラ座のスカーラの前に 「ラ」を付けるのか?
私の知人のイタリアの音楽家の方が、いつもラを付けてスカラ座の話をしていました。なので、私もおこぼれ頂戴!
ないよりあったほうが、イタリア語を話している気分になれる? あなたもやってみてくださいね。
ベルリン並びにドイツの観光ガイド、どうかお気軽にお問い合わせくださいませ。
読者の皆さま、お元気でおすごしくださいね。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
SEE YOU SOON💙
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