読者の方からの嬉しいお問い合わせ。待ってました〜、っとばかり、スイスのチューリッヒからドイツの最南端に聳える、大人気のイシュヴァンシュタイン城を、日帰りでご訪問になりたいとのお問い合わせを頂戴し、現在チェック中です。
ドイツのある歴史家が、ちょうど私が、ベルリンのガイドを始めたときに、「Yukikooo, なんで日本人旅行客はあのバイエルンの、ノイシュヴァンシュタイン城を見たがるの?あんなの歴史的には何の意味がないじゃん。。」?と問いかけてきました。
「おいおい、歴史家だからって、偉そうにするなよな!」と内心思った私も、一応ガイドの端くれ、「歴史的な大きな意味はなくっても、綺麗だっていうそう価値観で見れば、立派な文化遺産でしょっ。この観光の価値は、お客様がお決めになるものなのよ!!」と言い返したものの、一抹の寂しさを感じたものでした。
確かに、あのお城に行けばわかりますが、ドル箱の対象になっているのは、アメリカ・中国・日本人が大半を示してていました。私のお客様で、このお城を建てた、ルードヴィッヒ2世とプロイセンのフリードリッヒ2世をお間違えになる方もいらっしゃるほど、日本人の耳には、この二人の名前が何となく似た響きに聞こえます。
この歴史的云々の意義を問いただすならば、この二人は、どえらい違いがございます。
時代は?といえば、プロイセン王国の3代目の王様出会った、フリードリッヒ2世は、啓蒙思想というフランス革命のベースを築いた思想を持っており、1712〜1786にプロイセンの教育改革、オーストリアのマリアテレジアに危うく戦争に勝ち、ポーランドのシュレージアを勝ち取りました。
一方ルードヴィッヒ2世は、バイエルン王国に生まれ、1845〜1886。1886年から1886年までバイエルン王国の国王を務めていました。とにかく、ワーグナーに酔心しており、多額なお金を使い、彼の音楽を庇護しました。国家はそのために破産寸前。精神異常であると鑑定され、ある日謎の死を遂げたと言われています。
100年以上の時代の誤差があり、時代背景が違うので、単純には比較できません。
しかし、この両者の共通点といえば、こよなく音楽を愛し、プロイセン王フリードリッヒ2世は、自らも作曲をし、夏のサンスーシ宮殿では、夜な夜なフルートも演奏して、ヨハンセバスチャンバッハの次男、カールエマヌエルバッハは、ずっと伴奏者として使えていました。また同時に絵画も好み、集めていました。
バイエルンには、山々がそびえ、澄んだ水が美しい湖があちらこちらにございます。プロイセンにて、山らしい山を見ることは皆無で、草原が広がり、開放的な土地柄です。
❤️ ❤️
何といっても、この気になるお城、ノイシュヴァンシュタイン城。ノイというのは、新しいと言う意味。シュヴァンというのは白鳥です。ここで間違わないようにしなきゃ〜。シュヴァイン となると、豚を指しますので。w
シュタインは石という意味です。
この辺りは、大変風光明媚なさすが、王様がお選びになった場所。このお城は山の中腹にあり、車で下の町、フッセンまで降りていくと、ヴァイセン湖が広がっており、そこのホテルで、お客様にWellnessを楽しんでいただいたことがございました。
ミュンヘンから、観光バスも出ております。
ベルリン観光ガイドのみならず、バイエルン観光ガイドも承っております。
お気軽にお問い合わせください。心よりお待ち申し上げております。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
SEE YOU SOON💙
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ベルリン通訳観光ガイド 後藤裕起子
料金の新しい設定どうかご覧くださいませ。
ベルリン観光ガイドのサイト http://berlin-kanko.com
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